昨年亡くなった名女優山田五十鈴。女優というより「最後の女役者」と
呼んだほうがしっくりきます。
本領はもともと映画ですが、後年舞台にシフトしていきました。
舞台の代表作は「たぬき」。山田五十鈴が演じるのは、
明治から大正にかけて、寄席に君臨した立花屋橘之助という女芸人。
今でも女の芸人は寄席にいますが、男より下にみられるのが常。
ところが橘之助はその当時にありながら、堂々とトリをとって、
それが当たり前になったというほどの人。芸がそれほどきわだっていたわけです。
この人、色気のほうもきわだっていた。男にもてたというより男が好きだった。
朝寝坊むらくという落語家と結婚しますが、むらくは死去。
その後、橘の圓(まどか)という若い噺家と再婚します。
新居をまず名古屋に構え、その後京都へ家を建てた。
ところが、この京都の新居に移った19日後に、なんと、川の氾濫で
家ともども夫婦で流され、そのまま死んでしまう。68年の生涯でした。
この稀有な芸と生涯を送った芸人を、山田五十鈴が演じたのです。
橘之助は三味線の名手。それを五十鈴は舞台で再現して見せました。
私も実際に見ましたが、それは見事なものでした。あくまで寄席芸人の
役ですから、うまさとともに軽味が身上。
技術の高さはいうまでもありませんが、それよりなにより、
下世話な色気と愛嬌。さらにカリスマ性。山田五十鈴はそれらすべてを、
ほとんど身につけていました。
その舞台を見た数年後に、本家の橘之助の声の録画と遭遇しました。
声が残っていたのです。聞いて感激しました。
うまい。楽しい。今私が聞いても、さっそうといしていてにぎやかで、
ちっとも古いとは思わない。三味線は、ちょっとこんな演奏聞いたことが
ないくらいです。
しかもしかも、私が聞いた録音は、彼女の晩年のもので、その人気を妬んだ
同輩から水銀を盛られ声をつぶされたあとのものだと知りました。
信じられません。水銀を盛るということもですが、それより、
盛られて声をつぶされて、なおあんな声が出るなんて。
山田五十鈴の舞台には、その時代の芸人の影の部分と表の色気と、
二つともが表現されていたと思います。
最後の女役者。女優でありながら、玉田五十鈴は男だったと思えてなりません。
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