生涯のすべてをピアノに捧げたともいえるフレデリック・ショパン。
当然数多くの傑作があります。
専門家の評価はいろいろですが、「前奏曲」の評価は際立っているようです。
ほかにも「練習曲」「ソナタ3番」「ポロネーズ」「協奏曲1番」など、
これこそ最高傑作とされる作品は、いくつもあります。
たとえば、昨年亡くなった吉田秀和氏は、最高傑作ということではありませんが、
「ショパンはこれ」という論調で「マズルカ集」を挙げていました。
オーストリア、ドイツを中心に展開してきたクラシックに、
初めて東の民族音楽を持ち込み成功したという、音楽史的な視点に
よるもののようです。
さた、「前奏曲」。ピアノの詩人の面目躍如といえる曲集で、
一つ一つ丁寧にいとおしむように、詩人が編み上げた「詩集」にほかなりません。
当然、ピアニストのレパートリーの最重要の作品の一つで、
多くのCDが出ており、名盤とされるものも少なくありません。
伝説のピアニスト、コルトーに始まり、現役ではポリーニ、アシュケナージ、
アルゲリッチの「三傑」。それぞれが名盤です。
ほかにも、フランソワ、カツァリスという二人のフランス人が
素晴らしい録音を残しています。この曲集がフランス人の感性に
合うのかもしれません。
中で、ぜひ一聴をおすすめしたいのが、キーシン。
かつて神童と称賛された彼ももう「不惑」を超えて、すでに
確固たる地位を築いています。「前奏曲」のCDは1999年の録音。
28歳の時のものです。
たとえば8番。ガラスの粉が噴水のように吹き上がり舞い落ちるような
タッチの鮮やかさ。10番や12番のエキセントリックな魅力。
一転して13番は春の午睡の夢のような甘美な世界を、
これ以上ないやさしさで歌っています。
15番「雨だれ」。これほど感情の起伏の激しいこの曲の演奏は、
めずらしいのではないでしょうか。
この起伏の激しさは、実は全曲にわたって共通しており、
それがこのCDの特徴となっています。
ほとんどジェットコースター。そこに、ガラス神経と鋼の指で
演奏しているような彼のエキセントリックな個性が加わって、
これはまさしく「極北」に位置する名盤だと思います。
作曲家本人は、もしかするとこんな感じで演奏したのかもしれない。
そんな想像もさせます。好悪の評価のはっきり分かれる演奏でもあるでしょう。