雑記

「千両千両」、酒と詩に生きた奇人

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幕末から明治にかけて生きた俳人、井上井月(せいげつ)。

あまり知られた名前ではありませんが、例えば、つげ義春の
『無能の人』の中に登場する放浪の俳人、といえば
漫画好きの人は「ああ、あの人か」と気づくかもしれません。

酒と旅は古来より、日本の詩人の一つの系譜ですが、彼はその典型と
いっていいでしょう。越後に生まれ、のち信州の伊那をベースにした
放浪生活に入りました。

放浪といっても全国各地を漂泊するというのではなく、
ほぼきまったエリア内をうろつきまわっていた、といったほうが適切です。

家も持たず家族も持たず、着た切り雀で、無一文。それを、伊那の人は
いやな顔をしないで受け入れて、酒を勧め食事を勧め、彼を「発句の師」と
仰いだ人もいたといいます。これは、現代からみると信じがたい話です。

土地柄ということもあったでしょうし、人心穏やかな古き良き
時代だったともいえるのでしょう。

とにかく酒好き。口癖の「千両千両」を唱えながら、杯を重ねる。
泥酔して、粗相をしてしまうことさえあったといいます。

それでも、村の人は彼を愛した。それを考えると、彼は大変な「徳」を
備えた人物だったというほかありません。
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酒のためでしょう。道端で行き倒れになっているところを、村人が見つけ、
手当看病をしましたが、そのかいなく2月後に亡くなりました。幸せな一生、
幸せな最期といっていいでしょう。

芥川龍之介は彼の俳句を称賛しています。「古俳句の大道」に生きた人、
と評しています。芥川は自身もすぐれた句を残した俳人でしたから、
その本質を見極めていたのです。

その作風がよくわかる句に、「春風やどの児の顔も墨だらけ」
「子供にはまたげぬ川や飛ぶ蛍」「春を待つ娘心や手鞠唄」
「水打って小鉢ならべて夕心」などがあります。

彼の優しいまなざしが偲ばれる句ばかりです。その生活ぶりには似合わない、
どこか女性的な繊細さ、さらには母性のような感性をも感じさせます。

この人間味があったからこそ、幸せな生涯を送ることができたのでしょう。
もっと評価されていい、生一本の俳人です。

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